6.ノアの手法と、沈黙合戦

 生徒会長のお仕事 

6.体育祭二ヶ月前、火曜日

 翌日の昼休み、山本の教室へ行く。
「山本ー」
 呼ぶと、山本は嫌そうな顔をした。文庫本を開いたまま、俺を見上げる。俺は勝手に山本の前の席に座る。
「悪いな、昼休みに。お前が担当してる後輩四人のことで、ちょっとな」
 ああ、と山本が呟いた。文庫本にしおりを挟んで、机に置いた。
「後輩と意思疎通できてるか?」
 聞くと、山本が俺を睨む。
「会長には関係ないじゃない。日程からは遅れてないでしょ」
「まぁな」
 後輩にもこの調子か。そりゃ赤信号にもなるわな。
 どうするかな。山本の机に頬杖ついた。
 ノアの話し方を思い出す。ゆっくり、のんびり、相手を警戒させない。
 ―――お聞きします。あの、どうぞ。
 NGOの中村さんを促した、穏やかな声。
 山本もあんなふうになれたら良いのだが、無理そうだな。教えたところで反発するだけか。ただ、山本を責めても良い方には向かわないだろうという気がした。とりあえず聞いてみる。
「なにに、困ってる?」
「別に、なにも」
 山本が素っ気なく答える。
 ―――好きになっちゃったらしょうがないでしょ。
 ―――はい。好きになったら、しょうがない、です。
 同意、繰り返し。ノアはそうしていた。俺がノアの真似をしてみる。
「うん。別になにも、ね」
 山本とは、黙った方が負けと言わんばかりの舌戦を繰り広げたことがある。罵詈雑言を受け止める覚悟で俺は黙った。窓の外の空を、眺めた。
 山本も黙っていたが、根負けしたように呟いた。
「苦手なの。しょうがないでしょ」
 なにが苦手なのか。問いたい気持ちを抑えて、もう一度、同意と繰り返しをする。
「そっか。苦手か」
 じっと山本の言葉を待っていると、不意に、山本の目から涙が零れた。ぎょっとする。
 おい、と言いたい気持ちをこらえて、とりあえずハンカチを出す。ついでにポケットに入っていたキャラメルをひとつ、机に転がした。
 山本がハンカチを手にとった。
「キャラメル好きなの?」
「ああ、うん」
 普段なら「頭使うから糖分いるしな」とでも付け加えるところだが、やめておいた。
 ええと、繰り返し。
「キャラメルは好き」
 脈絡のない会話に内心顔をしかめつつ、それだけ返す。
 山本が、俺と同じように、机に頬杖をついた。しばらく考えてから、言った。
「お菓子でもあげればいいのかしら。……会長、どう思う?」
 後輩にお菓子か。コミュニケーションの手段としては、上等だな。
 俺は笑う。同意、繰り返し。
「いいんじゃない。お菓子、あげてみたら?」
「そうね」
 山本が呟いた。尖っていた山本の気が柔らかくなるのを感じた。
 
 
 その日、ノアのノートから、赤信号の四人は一気に青信号になっていた。
「山本先輩から、お菓子をいただいたそうです。みなさん、嬉しそうでした」
 バニラシェイクを前に、ノアがにっこり笑う。結局今日も時間切れになり、マクドナルドで向かい合っていた。仕事なので当然ながら俺の奢りだ。
「へぇ」
 うまくいったか。もともと山本はできるやつだ。後輩との意思疎通も、コツさえつかめばあとは早い。
 アイスコーヒーを飲んで、言ってみる。
「嬉しそうだったか」
 ノア相手に言葉を繰り返したらどうなるのか、と思っていたのだが。
「はい」
 ノアはそう同意したきり、なにも言わない。俺が黙っているのを不思議そうに眺めて、バニラシェイクに手を伸ばした。
 数分続いた沈黙合戦に、俺が負けた。くそう。ノア、手強いな。
「じゃ、黄信号のやつ。説明して」
 今日は赤信号はいなかった。
「はい。黄信号に参ります」
 ノアが頷いて、黄信号のやつらの状況を話す。説明を聞きながら、こいつは人の言葉を無意識に繰り返す癖があるのか、天然か、と、のほほんとしたノアの顔を見ていた。



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2016-01-06 | Posted in 生徒会長のお仕事Comments Closed 

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