最終話.わかんないけど、だけど

 さくら色 

 カンカン鳴る階段をのぼって、チャイムを押した。
 竹居はジャージ姿で出てきて、嫌そうな顔をした。
 嫌そうな、顔。
 それを見ただけで泣きそうになって、こらえる。
 がんばりどころ。
 がんばりどころだ。
「アイス」
 竹居の目の前に、コンビニの袋を掲(かか)げる。
「アイス買ってくりゃいいってもんじゃねぇ」
「ハーゲンダッツだよ」
「値段の問題でもねぇよ」
 竹居は玄関の前で仁王立ちして、いつもみたいに家に入れてくれない。
 言葉を探す。
「……溶けるよ、アイス」
「冬だから溶けねぇよ。さっさと家まで持って帰れ」
「やだ!」
 叫んで、家の前から動かない私に、竹居が言った。
「お前。俺が昨日言ったことちゃんと聞いてたか? わかってんのか? バカか?」
 竹居、怒ってる。
 うう。
「わかったよ。わかったから入れてよ。話をさせてよ。寒いよ!」
 玄関先で地団駄踏む。雪が降っていた。風が冷たかった。
 竹居が黙る。
 睨み合い。こっちは涙目。竹居は冷静。
 竹居が退いた。
「今回だけだ。食べ終わったら即刻追い出すからな。二度と入れねぇからな。入れ」
 竹居が背を向ける。
 私は黙って、その後ろからついていった。
 竹居の部屋は暖房が効いていた。コートを脱ぐ。
 いつもと同じくちゃぶ台の前に座って、竹居がハーゲンダッツのふたを開ける。
 私もいつもと同じ位置に座る。
 竹居が不機嫌そうに言った。
「話は何だ。相談事か。失恋話か。愚痴か。文句か。電話にしろっつっただろ」
 聞かれて、途方に暮れる。
 この話は、なんだ。相談事か?
 うつむいて、ハーゲンダッツのパッケージを見つめる。
 一番好きな、クッキーアンドクリーム。
「さっさと言え。ハーゲンダッツ食え。そんで帰れ」
 竹居が冷たい。私はうつむいたまま、ぽつりと言う。
「……昨日の、話」
 ああ。と呟いて、竹居がアイスに視線を落とす。
「はっきり断りにでも来たか」
「そうじゃなくて。だから。私、竹居が大事だよ。好きだよ」
 一気に言った。
「何だ、それは。お前、ヒロキ先輩が好きじゃねぇのか。昨日の今日で、なんでそうなる」
「ヒロキ先輩より、竹居が大事なんだよ!」
 怒鳴った。
 竹居と戦うなんて、勝ち目はない。
 だけど、退けない。
「恋愛より友情をとるって話か。だったら結論は変わらねぇよ。お前は帰れ。今すぐ帰れ。二度と来るな」
「帰らない。ここにいる!」
 退けない。
 一歩も退かない。
 ここで追い出されたら、次はない。
 あと、何を言えばいい?
 正直な、気持ちを。
「私は、竹居が、好きだよ」
 言った。
 竹居は不機嫌なままで、返す。
「友達としてか。恋愛か。どっちだ。言え」
 正直な、気持ち。
「……わかんない」
 涙が出る。
 負ける。
 いやだ。
「……わかんないんだよ……」
 助けて。
 竹居、助けて。
 ここにいさせて。
「わかんないってなんだ。お前のことなんだから、俺に相談されたってわかんねぇぞ」
 そうだよね。
 だけど、ここにいさせて。味方でいて。
「だって。竹居の部屋、居心地いいんだもん。竹居のベッドも気持ちいいんだもん。電話にしろって言われたけど、電話じゃ……」
 電話だけなんて、いやだ。
 竹居のそばで話したい。
 竹居の部屋にいたい。
 竹居と離れるのだけは、絶対、いやだ。
 これは。
 この気持ちは。
 どっちだ。
 近くにいすぎて、友情と恋愛が混ざって、わかんない。
 わかんないんだよ。
 だけど。
「れ、恋愛? ……たぶん……」
 泣きながら言った。
「たぶんって何だ。変に期待させるな」
 アイスを食べ終わって、竹居が天井を見上げた。ため息をついた。
「沢野。恋愛の好きなんだったらな。俺と両想いだ。そしたら付き合うだろ。付き合うっつーことは、俺といろいろやるってことだ。想像できるのか? お前」
 いろいろ?
 いろいろって、手をつないだり、キスしたり、その先とか?
 なんか、そういう、私を女の子扱いする竹居を想像できなかった。
 だっていっつも雑に扱われて、男どうしみたい。
 でも、竹居がそうしてくれるんなら、それはそれで嬉しいな。とも思った。
「想像、つかない……。でも、そういう竹居は、見てみたい……」
 思ったままを話すと、竹居は顔をしかめた。
「とことんはっきりしねぇな。ほんとに半々だな、お前。じゃぁちょっと試すからじっとしてろ」
 え、と思う前に、竹居が私の手を引いた。
 引き寄せられて、抱きしめられる。
「付き合うっつーのは、こういうことだ。お前、平気か」
 触れてるところから、直接、竹居の静かな声が響いた。
 竹居の腕が、私の背中に回されてた。
「へ、平気じゃ、ないよ」
 頭が真っ白になって、心臓が何度も跳ねる。
 なんだ、これ。竹居?
「ああ。質問を間違ったな。俺も平気じゃねぇ。じゃぁ、嫌か」
 嫌?
 これが?
 おそるおそる、竹居の背中に手を回してみる。
 かじかんだ手に、竹居のあったかい体温が伝わってきた。
 ああ、竹居だ。
 はらはらと涙がこぼれた。
 これは、恋か、友情か。
 わかんない。
 わかんないけど、だけど。
 私は、竹居が、大事だよ。そばにいたいよ。隣にいてよ。
 もう来るな、なんて、言わないでよ。
 泣きながら、ぎゅ、と竹居にしがみついたら、なんか、さらに。
 さらに、胸がいっぱいになった。
「……い、嫌じゃ、ないよ……。嬉しい。安心する。竹居のそばが一番いい」
 言ったら、ぱっと竹居が手を離した。
 私もあわてて手を離した。
「泣くな。そんで危ないことするな。言うな」
 箱ティッシュをこっちに押しやりながら、竹居が言った。
「あ、危ない?」
「あー、危ねー。お前がそんな調子じゃ、俺が我慢できねぇ」
 ちゃぶ台の上、開けられないままだった私のクッキーアンドクリームをつかんで、竹居が部屋を出ていった。
 冷凍庫を開けて、放り込んで、閉める音がした。
 竹居が戻ってきて、床に置かれた私のコートを指さした。
「沢野。今日はとにかく、帰れ」
「え」
 待って。
「か、帰れない。来るなって言ったの、取り消して」
「わかった。取り消す」
 あっさり竹居が頷いた。
 え。
 ええっ?
 勝った?
 竹居に勝った!?
 すぐに信じられなくて、心配で、聞いた。
「竹居、そばにいる? 離れない? 味方? 私、また来ていい?」
「ああ。来ていい。つーか、むしろ、来い」
「ほんと!?」
 うわぁ。
 竹居に勝ったか。相当強いな、私。
 嬉しくて嬉しくて、ガッツポーズする。
「やった!」
 言ったら、頭をはたかれた。
「痛っ!」
 頭をおさえる。なんだよ竹居。
「お前、まだ友達やるつもりか。お前は間違いなく、俺を好きだ。恋愛のほうだ。自覚しろ。付き合え」
「え? えっと」
 付き合う?
 さっきみたいのか。安心するやつか。
 だったら、いっか。
 むしろ、そっちのほうが、いいな。確かに。
 竹居が仏頂面で促(うなが)した。
「返事は?」
「おおお、お願いします?」
「なんで疑問形だ。そこはおとなしくハイとか言っとけ」
 くそう、竹居。偉そうに。
 あ。
「私のハーゲンダッツ!」
 叫ぶと、竹居が呆れた。
「お前、この状況でアイスか。冷凍庫で保管しといてやるから、そのうち取りに来い。弟にみつかったら食われるからな。その前に、いつでもいいけど、まぁ、早めに来い」
「うん。来る!」
 笑顔で言ったら、竹居が怖い顔で脅した。
「言っとくけどな。来るときは覚悟決めてこい」
「か、覚悟?」
 竹居の顔で覚悟とか言われると、しゃれにならないんですけど。
 指の一本や二本……って感じ。
「親のいないときの彼氏んちにいくときの覚悟だ。クラスの女子にでも聞け。ほら、帰れ」
 急かされて、わたわたとコートを着てカバンをつかみ、玄関に向かう。
「階段、雪ですべるから。コケんなよ」
 あ、竹居が優しい。
 なんだか顔がにやけた。
「うん。気をつける」
「じゃーな」
「うん。またね」
 手を振って帰った。
 雪が降っていた。
 寒かったけど、なんだか、胸がいっぱいで、ほかほかしていた。
 竹居が、彼氏って。
 いまいち実感がないけど。
 これからが、想像つかないけど。
 離れないなら、いっか。
 竹居がそばにいて、味方なら、私は無敵だ。
 なにがあったって、絶対、復活できる。
 そんなことを思いながら、足取り軽く、家まで帰った。
 
 
 翌日の放課後、生徒会室に行くと、ヒロキ先輩がにっこり笑って紙パックのジュースをくれた。
「マコちゃん、お付き合い開始おめでとう。これ、お祝いね」
 私は嬉しくて、「ありがとうございます!」って受け取った。
 生徒会が終わって、夜、遅い時間だったけど、意気揚々と竹居の家に向かう。
 ヒロキ先輩からのお祝い、一目だけでも、見せたくて。
「竹居、見て! これもらった、お祝いだって! 記念にとっとく!」
 玄関先で、満面の笑顔で、空の紙パックを掲げた。
「ああ?」
 竹居は紙パックを睨んで、私の手からひったくった。
 その勢いにあっけにとられていると、竹居が家に引っ込んで、思い切り、何かを投げ捨てる音がした。
 竹居が玄関先に戻ってきて、私の頭をはたく。
「何が記念だ、他の男からもらった物を保存するな! バカか!」
 私は頭を押さえる。
 せっかくの記念だったのに。今度こそ洗ってとっておこうと思ったのに。
「ひど、ひどい、竹居のバカ! 冷血漢! 竹居と付き合いだした記念なのに!」
「んな記念いるか、ふざけんな! 記念だったら他のもんを考えろ!」
 うう。
 付き合いだしたというのに、竹居は相変わらずひどいやつで。
 甘さは微塵(みじん)もなく。
 私を女の子扱いしてくれる日は来るのか、と、涙目で竹居を見上げた。
 

[さくら色 本編・完]

 

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 さくら色 
2016-01-08 | Posted in さくら色Comments Closed 

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