14.約束します

 さくら色 

 あっという間に、季節は冬になった。一月半ばの放課後、生徒会室で、三年生の卒業文集作りに追われていた。うちの高校では、印刷会社に依頼して、きちんと製本した文集を作る。卒業した有名人のインタビュー記事や、時事問題に関する生徒の論文、各担任の談話なんかも載せる。卒業文集というよりは、その年の高校の歴史を残す校史の意味合いが強い。三年生だけでなく、全校生徒に配られる。卒業生にも、希望者には有料で送られる。
 私は紙の束と格闘していた。三年生約三百人が紙に書いた一言メッセージを、一言一句間違えないよう、ひたすらパソコンに打ち込んでいく。
 ヒロキ先輩は私の隣で、文集に載せる体育祭の写真を選んでレイアウトしていた。図書委員長だというのに、ヒロキ先輩は相変わらずカオル先輩のアシスタントとして働いていた。
「ヒロキ、文化祭の写真もきた」
 写真部にデータを取りに行っていたカオル先輩が、生徒会室に戻ってきてヒロキ先輩にUSBを手渡した。
「三年生全員が一枚は載るように選んで」
「げ。そこまでする? っていうか、そもそも全員写真に写ってる?」
「写真部は写ってるって言い張ってたけど、怪しいかも。だから体育祭と文化祭合わせてでいいよ。相当枚数あるし、どこかには写ってるでしょ。ヒロキなら三年生の顔と名前ぐらい全員分覚えてるでしょ?」
 高校生になってさらに美人度と迫力が増したカオル先輩は、笑顔でさらりと重労働を押しつける。うわぁ大変、と思っていたら、こっちにも次の仕事が来た。
「マコちゃん、それが終わったら、巻末に載せる今年のニュース選んでおいてね。あと担任一覧も更新して。明日チェックするから」
「……ハイ」
 それが終わったらって、夜七時の時点で、まだ半分も終わってない。一言メッセージ、なんて書いてあるのか読めない字もある上、未提出の人もいて、本人に聞きに行かなきゃいけないけど、もう帰ってるだろうし。ああ、絶対、今日中に終わんない。明日チェックって、もし明日本人が休みだったらアウトだよ。泣きたい。
「カオル。原稿出しの日は? 調整ついた?」
 パソコンから目を上げずに、ヒロキ先輩が聞く。
「うん、さっき印刷会社から連絡がきた。ギリギリまで延ばしてもらったけど、原稿出しが来週の月曜。水曜午前に見本が届いて、校正・差し戻し期限が金曜」
 言いながら、カオル先輩がホワイトボードに日程を書いていく。
 その日程を聞いて血の気が引く。今日、木曜だよ。
 私の担当分、今日中に仕上げて、明日カオル先輩に見てもらって修正して、月曜原稿出しってこと? あああ、それじゃぁほんとに今日中に終わらせないと間に合わない。
「うわ、まじか。写真の差し替えできるのも来週の金曜まで?」
 ヒロキ先輩が確認する。カオル先輩が答える。
「そう。あ、差し替えはサイズ合わせないとダメ」
「サイズはなんとかなる。文字訂正はいつまで?」
「同じく来週の金曜。でも、行数が変わると危ない。ページ数に影響するから」
 カオル先輩の答えにヒロキ先輩がうなった。
「そーれーはー、文字の方が危ない。月曜までに全部埋めてチェックしないと。マコちゃんピンチ。俺と手分けするしかないな。カオル、写真、妥協できない? クラス写真あるんだし、だめ?」
「だめ。行事写真で一枚も写ってない人がいたらかわいそう」
「あー、あー、ほんと無理言うね。せめてカオル手伝えない?」
「無理。私、今から打ち合わせ。じゃ、よろしく」
「……いってらっしゃい」
 ヒロキ先輩の諦めた声を背に、カオル先輩があわただしく生徒会室から出ていく。カオル先輩は、文集のまとめ係の他に、三年生を送る会の担当も受け持っていた。
 生徒会、ほんとに人手が足りない。
「マコちゃん、がんばって。俺がフォローするから元気出して。こーなりゃ奥の手だ」
 そう言って、ヒロキ先輩は携帯電話を取り出した。
「松井先輩、こんばんはー、真野です。……やだなぁ、そんな声出さないでくださいよ。ちょっとお願い事がありまして。明日と来週の月曜日、放課後空きません? 文集に載せる写真選びを手伝っていただきたいんです。……なに言ってんですか。推薦入試の合格、決まったって聞いてますよ。ええ、おめでとうございます。ですから、お暇ですよね? ……デート? その縁つないだの、俺ですよね。お忘れですか? あ、そんなこと言ってるとカノジョさんに例のこと言っちゃいますよ。デートどころじゃなくなりますよねぇ。……ええ、本気です。こっちもせっぱ詰まってるんで。二日くらい、空きますよね? ……はい、助かります。では明日の放課後、生徒会室でお待ちしてます」
 にこやかに電話を切り、ヒロキ先輩は私に笑顔を向ける。
「よっしゃ、写真は片づいた。マコちゃん、一言メッセージ、本人確認が必要なぶん、こっちに回して。あと未提出者リストある? 俺が電話で聞くから、今日中に終わらせよう」
 私は分けておいた悪筆文書と未提出者リストをヒロキ先輩に渡す。
「どなたですか? さっきの」
「前・写真部の部長さん。三年生全員の顔もわかってる人だから、写真はまるごと押しつける。あー、だいぶ楽になったな」
 ヒロキ先輩が悪筆文書と未提出者リストを手に、次々と電話をかける。
「こんばんは、真野です。お忙しいところすみません。……いえ、別にそういうわけじゃないですよ。ご安心を。卒業文集用に書いていただいた一言メッセージが、達筆すぎて読めなくて。体育祭が、何ですか? ……内容忘れた? じゃぁ今、口頭でお伺いします。……了解しました。ありがとうございます。ではまた」
 さらさらと悪筆文書の上に内容を書き付け、ヒロキ先輩が私に渡す。そんな調子でどんどん聞き出し、携帯がつながらない人は連絡簿をもとに自宅にまで電話して、なんとか全員をつかまえた。私が文章をパソコンに入力している間に、ヒロキ先輩が今年のニュース選びと担任一覧更新も片づける。
 夜八時。最終下校時刻のチャイムが鳴った。
「終わったぁ、間にあった! 仕事持ち帰りナシ! マコちゃんよくがんばった!」
 ガッツポーズをして、ヒロキ先輩が声を上げる。私はノートパソコンを閉じて、ぐったりと机にうつ伏せる。
 ほんと、ヒロキ先輩がいなかったら回らない。
 生徒会長含め、三年生を送る会の打ち合わせをしていた面々が生徒会室に戻ってくる。ヒロキ先輩がカオル先輩に声をかける。
「カオル。マコちゃんの担当分は終わった。写真は明日と月曜で、俺が写真部の前部長と片づける。文集はなんとかなる。カオル帰れる?」
「帰れない。マック行き。ヒロキ先帰って」
 カオル先輩が機嫌悪そうに答える。
 最終下校時刻を過ぎたら、学校内にはいられない。間に合わないことが起こると、生徒会の偉い人たちは学校近くのマクドナルドに拠点を移して会議をしていた。
 ヒロキ先輩が眉をひそめる。
「また? 何が問題?」
「落語部の枠が空いた。十五分。ドタキャン。出演予定の二年生がやめちゃったって。一年生じゃできない。明日、出演者再募集かけて機材手配はじめないと間に合わない。予算もまずい」
「はぁ。それ、カオルたちがマックで話したところでどうにもなんないでしょ? 無駄は省こうよ。カオルもそう思ってるでしょ。だから不機嫌なんでしょ。そもそも再募集かけて集まらなかったらどうするの。悠長なこと言ってられないよ。……演目と機材リストみせて」
 カオル先輩が、手にしていた書類をヒロキ先輩に渡す。
 ヒロキ先輩はリストを見てしばらく黙る。
「……中村、ちょっと。早田と遠藤も」
 ヒロキ先輩が生徒会長と副会長と会計係の先輩を呼んだ。カオル先輩が書記だから、生徒会の上層部勢揃いだ。
 机にリストをおいて、五人で集まった。ヒロキ先輩が言った。
「落語部の枠、ストリートダンスとアカペラならたぶん手配できる。十五分だと長いから五分、十分で、二組に分けて。どっちとも本格的にやってるから舞台に出しても恥ずかしくない。予算もほとんどかかんない。どう?」
「助かる」
 生徒会長が即決した。副会長と会計係が頼みの綱とばかりにうなずく。カオル先輩は無表情で黙っていた。
「よし。会場、音楽流せるよね? 演目順はまだ変えられる? アカペラがしっとり系だから最後に持っていきたい。予算の残りいくら?」
「音楽は流せる。演目順は変えられる」
 副会長が答える。
「予算あと六千五百円」
 会計係の先輩が答える。
「オッケー、ちょっと待ってて」
 ヒロキ先輩が携帯電話を取り出す。
「前田? うん。真野。三年生を送る会で、踊らない? 大会、近いんじゃなかったっけ。……そう、同じ内容でいい。明るい系のダンスでしょ。ダンス何分? ……四分半? ああ、ちょうどいい。何か必要なものある? 音楽は流せる。ライトは必要? ……いらない。わかった。頼める? ……ああ、助かる。ありがと。会場の広さとかあるから、一回打ち合わせしたい。来週火曜の放課後、生徒会室で。……見返り? そうきたか。んー、合コンでどう? 聖蘭の女子。……わかった、セッティングする。それは明日昼休みに話そう。じゃぁまた」
 一件まとめて、二件目にかける。
「遼子ちゃん? 真野です。遅くにごめんね。三年生を送る会で歌ってほしくて。どう? ……うん、アカペラで。……持ち時間、十分。二曲ぐらいかな。……大丈夫。会場、ホールだから遼子ちゃんの声量があればいい感じに響くよ。会場真っ暗にしてLEDキャンドル灯して歌うのもいいかも。キャンドルはこっちで手配する。当日の準備も生徒会から人を出す。……うん、バラードで。しっとり系で、泣かせる感じがいいな。……一曲、ギター付き? ああ、菅原と組んでるの? いいね。……大丈夫。スタンドマイクもある。……うん、選曲は任せる。曲が決まったら、連絡くれる? ……一週間以内ぐらいに。そしたら打ち合わせしよう。あ、衣装いる? 制服でいい? ……じゃぁ、頼める? うん。ありがとう。菅原にもよろしく伝えてね。また今度ね」
 ヒロキ先輩が電話を切った。
「ということで、商談成立デス」
 携帯電話を両手ではさんで、ぺこりとお辞儀をしてみせた。
「悪いな、真野。助かった」
 生徒会長がそう言って、空気がゆるんだところで、カオル先輩がぼそりと呟いた。
「ヒロキなんか、キライ」
 私はその言葉にぎょっとする。
 なんで。
「冴澤(さえざわ)。結果オーライだ。時間がない」
 生徒会長がため息をついてフォローしたけど、カオル先輩は譲らない。
「そうだけど。わかってるけど。ヒロキのやり方は、間違ってる。こっちをバカにしてる」
 カオル先輩はうつむいていた。ヒロキ先輩がそっと言った。
「カオル……、ごめんね」
 なんとか笑ったような、寂しい顔だった。
 なんで。
 なんで、ヒロキ先輩が謝るの。
「ヒロキなんか最低。大っ嫌い。許せない。帰る」
 カオル先輩はそう吐き捨てて、カバンをつかんで生徒会室から出ていく。
「カオル先輩っ」
 あわてて追いかけようとして、ヒロキ先輩に腕をつかまれた。
「マコちゃん。いいから」
「よくないですよ、だって」
 だって、ヒロキ先輩はカオル先輩のために、話を通したのに。
 カオル先輩が早く帰れるように、一番の早道を示したのに。
「いいんだよ。カオルが正しいから。会長も、ごめんね。横槍入れて。マコちゃん、帰ろ」
 ヒロキ先輩が私の頭をぽんとなでて、優しく言った。
 学校を出て、地下鉄の駅まで歩いて十五分。地下鉄に乗って自宅の最寄り駅まで十分。ヒロキ先輩と一緒に帰った。
 ヒロキ先輩は言葉少なだった。それでも、どうして謝ったのかと聞けば、ちゃんと答えてくれた。
「俺のやり方はね、邪道だから」
「……邪道、ですか」
 だけど、生徒会はいつも、ヒロキ先輩に助けられてきた。文集の仕事だって、落語部の件だって、ヒロキ先輩が動いてくれなきゃアウトだった。
「三年生を送る会の出し物は、有志が立候補するのが決まりでしょ。だから、ほんとは、カオルが言ってたみたいに、再募集かけるべきなんだよ」
「でも」
 一ヶ月前の募集でどうにか枠が埋まった状態だったのだ。再募集をかけても誰も立候補してくれなかったら。立候補してくれても、予算や時間が合わなかったら。
「再募集してダメだったら、生徒会として、部活なり個人なり、できそうな人にお願いするのが筋だよね。いくつか候補をたてて、誰にお願いするのがいいか、上層部だけじゃなく生徒会のみんなで話し合った上でね。……俺はさっき、そういうのを全部すっとばして、直接話をつけたよね。カオルたちががんばって、ちゃんと段取り踏んでやろうとしてたのを、無駄にしちゃったわけだから。カオルが怒るのは、正しいんだよ。生徒会長はそういうとこ、割り切れるけどね。カオルは妥協できないから、しょうがないんだよ」
 しょうがないって。
 ヒロキ先輩はいつもカオル先輩のために動いているのに、あんなこと言われて、しょうがないって。
 あれだけ一緒にいて、名前で呼び合ってるのに、なんで、伝わらないんだ。
「しっかし、また嫌われたなー。仲直りできるかなぁ」
 ヒロキ先輩が冗談めかして笑う。
 だけど、私の頭から、カオル先輩に謝ったときの寂しい顔が、どうしても離れない。
「せめてカオルにばれないように、もうちょい裏から動かすべきだったなぁ。あー、でも、カオル、ここんとこ毎日マック会議だったし、そろそろ限界だったよなぁ。せめて今日は早く寝てくれればいいけど」
 大っ嫌いって言われて、それでもヒロキ先輩は、カオル先輩を心配してる。
 カオル先輩を助けたことを後悔してない。
 それどころか、自分のやり方がまずかったって反省してる。
 カオル先輩。
 ヒロキ先輩は、カオル先輩を、好きですよ。
 すごく大事に、守ってますよ。
 どうして、気づいてくれないの。
 どうして、わかってくれないの。
 悔しくてもどかしくて、どうしようもない。
 何が、できる。
 考えろ。
 私に、何が、できる?
「カオル先輩に、告白したら、どうですか」
 私がそう言うと、ヒロキ先輩が呆れたような顔をした。
「マコちゃん。さっきの見てたでしょ? 叶う見込みなんか全然ないよ。俺とカオルって、性格もやり方も正反対なんだよ」
「でも」
 このまま伝わらずにいるのは。
 こんなにすれ違ってしまうのは。
「せめて、好きだって伝えた方が、いいです」
「んー……。いや、どうだろう、それは」
 ヒロキ先輩は煮え切らない。
 このままじゃ、ふたりはつながらない。
「先輩が言わないなら、私が言います。ヒロキ先輩は、カオル先輩を好きだって。中学の時からずっと好きだって。本気だって」
「マコちゃん」
「絶対、言います」
 私だって言いたくないよ、こんなこと。
 だけど。
 中学の頃から、ヒロキ先輩は何度も私を助けてくれた。たくさん優しくしてくれた。
 少しだけでも返さなきゃ。
「マコちゃん。俺のせめてもの立ち位置を壊す気? 決定的に嫌われたらどうしてくれるの?」
「それでも言います。ずっと伝わらないよりマシです」
「そんなこと言ってると、仕事フォローしてあげないよ。今までいろいろ助けてあげたでしょ? 忘れちゃった?」
 ヒロキ先輩お得意の交渉術。
 だけど、こっちのカードのほうが強い。
「だったら私は生徒会やめます。後がどうなろうと知りません。とにかく、絶対、言います」
 そう言い張って黙っていたら、根負けしたようにヒロキ先輩が言った。
「……マコちゃん。わかったから。時間ちょうだい」
「どのくらいですか」
 こうなったら、期限も切ってやる。
「一年」
 一年って。
「高校卒業する直前まで、言わない気ですか。こっちの期限は一週間です。それ以上待ちません」
「一週間って。一週間って、文集の校了期限前日だよ? そんな忙しいときに言えるわけないでしょ?」
「じゃぁ二週間です。文集終わって、三年生を送る会までの休息期間です。これが上限です。譲りません」
 私だって、ずっとヒロキ先輩の裏の顔をみてきたんだ。
 カードが強ければ押し切れることくらい、わかってる。
「……わかった。二週間ね。それまでは絶対言わないで。言ったら、いくらマコちゃんでも手加減しないから」
 ヒロキ先輩がため息をついた。
「わかりました。二週間は絶対言いません。それ過ぎたら、言います。約束します」
 ヒロキ先輩が私を見て、笑った。
「マコちゃん。強くなったね」
「先輩たちに、鍛(きた)えられましたから」
 私も、笑った。



 さくら色 
2016-01-08 | Posted in さくら色Comments Closed 

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