13.野口くん

 さくら色 

 その日の夜、野口くんにメールして、翌日の放課後、野口くんを呼び出した。
 私は例の会議室で、パイプ椅子に座って、待っていた。
 涙が浮かびそうになるたび、泣くな、泣くなと自分に言い聞かせていた。
「沢野」
 会議室に来た野口くんは、立ち上がった私を一目見て、答えがわかったようだった。
「ごめんな。泣かせるつもり、なかったんだけど」
 先に謝られた。
「あの」
 一言、言っただけで、涙がこぼれた。あわてて拭(ぬぐ)う。
「……ごめ、ごめんね。付き合えない……」
 どんどん涙が出そうになるのをこらえた。
「うん。俺さ、予想してたから。平気。沢野が気にすることないよ」
 気を遣われて。
 これだけは、伝えなきゃ。
「野口くんのことね。だ、大事な友達だと、思ってる。尊敬してる」
 必死にそう言うと、野口くんはふんわり笑ってくれた。
 いつもみたいに。
 優しく。
「うん。ありがとう」
 それだけで、終わりだった。
 野口くんは会議室から出ていった。
 私はそれを見送った。
 誰もいない教室に戻って、カバンから携帯電話を取り出した。
『断(ことわ)った』
 一言だけ、メールで送る。
 しばらくして、返信がきた。
『四日連続も許す。来るなら古典のノート持って来い』
 絵文字も何もない、そっけない、命令口調。
 だけど、それを見たら、こらえてた涙がどっとあふれた。
 竹居の家に行った。
 ちゃぶ台の横で、私は泣いた。
 野口くんのほうが傷ついてるのに、断った私が泣くなんてずるいとわかってて、それでも泣いた。
 竹居は何も言わずに、黙々と、私の古典のノートを写していた。
 涙をふくティッシュをとりながら、私は文句を言う。
「ひ、人には、カンニングするなって、言ったくせに」
「古典の辞書、持って帰るの重いからな。単語の意味写すぐらいカンニングに入らねぇだろ」
「言い訳になってないよ」
「お前は黙って泣いてろ。気が済んだら帰れ」
「竹居のバカ。冷血漢。非道」
 言ったら、頭をはたかれた。
「泣き場所提供してやってんだ。ありがたく思え。んなこと言ってると場所代とるぞ」
「そのノートがすでに場所代じゃん」
 ささやかな抵抗をすると、正確な反撃が来た。薄ら笑いで脅される。
「お前。これで四日分払えると思ってんのか? ああ?」
「……すみません。ごめんなさい」
 とうてい払えません。
 竹居に相談してた時間って、時給に換算すると恐ろしいな。
 それでも話しかける。
「竹居」
「なんだ」
 竹居はノートから目も上げない。
 それが逆に言いやすくて、膝をかかえたまま、報告した。
「野口くんね、笑ってくれた」
「あ、そう」
 竹居は黙って、それからしばらくして、
「良かったな」
 ぽつりと言ってくれた。
 自分のずるさも、弱さも、それだけでずいぶんと、救われた気がした。



 さくら色 
2016-01-08 | Posted in さくら色Comments Closed 

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